まず結論から話しておきますと、リクガメはキャベツをそれなりに好んで食べます。キャベツのエサとしての嗜好性は高いです。
しかしここで必ずと言って良いほど議題に上がるのが「アブラナ科のキャベツは甲状腺腫誘発物質(ゴイトリン)を含むので、リクガメに与えるのは宜しくないのではないか」という話です。(リクガメに限らず、セキセイインコやウサギ、ハムスターの飼育者さんの間でもしばしば話題にあがります)
これもやはり結論を言ってしまうと、キャベツは与えても大丈夫です。少なくともキャベツが原因でリクガメが病気になった事例は聞いたことがありませんし、また実際に動物園に足を運んでみれば分かるのですが飼育員さんはふつうにリクガメにキャベツを与えています。
長崎バイオパークや福岡市動物園のサイトを見てみましても、リクガメにキャベツ食べさせてますよーっと言ったことが書かれています。
ただ、これだけでは経験則による回答しかできませんから、以下に科学的な見解を交えて考察していきます。
(写真:キャベツを食べる我が家のロシアリクガメ)
キャベツで甲状腺機能低下症になるメカニズム
私たち人間を含む動物の体には、代謝をコントロールするためのホルモンである「甲状腺ホルモン」が分泌されます。このホルモンは人間では体温の維持調節、変温動物である爬虫類(カメ)では脱皮に関与しているとされます。(カメは脱皮をする生き物です!)
この甲状腺ホルモンは、多すぎても少なすぎても駄目で、多すぎる場合はバセドウ病、少なすぎる場合は甲状腺機能低下症という病気になります。キャベツの場合で問題となるのは後者です。
甲状腺機能低下症は、ヨウ素不足によって引き起こされます。ヨウ素は甲状腺ホルモンを作るための材料ですから、ヨウ素が足りないと甲状腺ホルモンを合成できないわけですね。
そしてキャベツに含まれるゴイトリンという成分が、ヨウ素の取り込みを阻害してしまいます。
したがって「ヨウ素欠乏症のときにキャベツを食べると、甲状腺ホルモンを生成できずに甲状腺機能低下症を引き起こす可能性がある」と説明することができます。
それで「キャベツの大量摂取によって甲状腺機能低下症を発症しうる」とする意見は、アメリカのオレゴン州にある『ライナス・ポーリング科学医学研究所』という研究機関が発表しています。ライナス・ポーリングは生化学者で、ノーベル化学賞とノーベル平和賞を受賞した人です。
ライナスポーリング研究所のサイトでは、次のように書いています。
Very high intakes of cruciferous vegetables, such as cabbage and turnips, have been found to cause hypothyroidism (insufficient production of thyroid hormones ) in animals.
(引用:Cruciferous Vegetables | Linus Pauling Institute | Oregon State University)
簡単に翻訳すると、『アブラナ科野菜の大量摂取、例えばキャベツやカブなどの過剰摂取は、(甲状腺ホルモンが不足している)動物に対して甲状腺機能低下症を引き起こすことが分かっている。』となります。英語が読める方はぜひ原文ページをご確認ください。
上記の根拠となる原典をさらに探ってみると、1983年の論文『Glucosinolates and their breakdown products in food and food plants.』が根拠となっています。この論文の中身は現在では読むことができないため、具体的に何の動物にどのくらいのキャベツを与えたら問題が生じるのか、何とも判断がつきません。
リクガメはどうやって『ヨウ素』を摂取しているのか
すでに述べているとおり、甲状腺機能低下症は「ヨウ素欠乏状態 → キャベツ(甲状腺腫誘発物質) → 甲状腺機能低下症」というプロセスを経ます。
したがって、そもそも論としては「リクガメにヨウ素欠乏が生じうるのか」という前提から考えていかなければ、キャベツによる影響度が判定できないことになります。
もしもリクガメが普段の給餌から必要十分量のヨウ素を摂取できているのだとすれば、キャベツに含まれる甲状腺腫誘発物質(ゴイトリン/ゴイトロゲン)はさしたる問題とならないはずです。
In other words, your reaction to goitrogens depends on iodine intake.
(訳:換言すれば、ゴイトロゲン:甲状腺腫誘発物質があなたに与える影響は、ヨウ素の摂取量によって決まります。)【中略】
On the other hand, there’s no compelling evidence that goitrogens cause thyroid problems in healthy adults who are also eating enough iodine.
(訳:一方で、ヨウ素を十分に摂取している健康な成人が、ゴイトロゲンによって甲状腺障害を引き起こすという有力な証拠は見つかっていません。)(引用:GOITROGENS AND IODINE: WHY YOU (PROBABLY) DON’T NEED TO WORRY ※訳は筆者)
リクガメがどのようにヨウ素を摂取しているのかは、正直なところ謎に包まれています。が、おそらく植物中に含まれる微量なヨウ素を取り込んでいるのではないかと言われています。
聞いた話だとガラパゴス諸島では(火山ガスにヨウ素が含まれるため)土壌にヨウ素が定着しており、自生する植物にもヨウ素が含まれるそうです。そのためガラパゴスゾウガメはそれらの野草からヨウ素を摂取しているとのこと。
この理論が本当だとすると、日本で生産されている野菜類にもそれなりにヨウ素が含まれているはずです。というのは、海水中のヨウ素が蒸発して、雨となり、日本の土壌に降り注ぎ、それが植物へと取り込まれるからです。
実際にカブの葉・水菜・モロヘイヤ・春菊・トマト・コマツナ・レタス・白菜等の野菜にはヨウ素が含まれることが確認されています。
海洋国である日本ではヨウ素不足は起こりづらく(むしろ過多の方が問題となる)、逆にヨウ素の足りない海外(スイス)などではヨウ素を添加した食塩などが販売されているそうです。
このような事情を鑑みれば、日本の野菜や野草をメインの主食としているリクガメが、ヨウ素欠乏状態となるケースは稀なのではないかと推定されます。
キャベツにはどの程度の甲状腺腫誘発物質が含まれるのか
もうひとつのそもそも論として「日本で市販されているキャベツに果たしてどのくらいの量の甲状腺腫誘発物質が含有されているのか」という問題があります。
これまで言われていたことは、あくまで「アブラナ科の植物に甲状腺腫誘発物質が含まれる」という事実であり、人工栽培されているキャベツに含まれる量がデータとして発表されているわけではありません。
甲状腺腫誘発物質であるゴイトロゲン/ゴイトリンの元となる「グルコシノレート」という成分があるのですが、キャベツの場合はこの含有量が問題となってきます。
飼育者さんの間では「最近のキャベツは品種改良されていてゴイトロゲンがほとんど無いから安心よ」みたいな話もありますが、ちょっと調べても根拠となるソースが見つかりませんでした。(有機栽培されたキャベツではグルコシノレートが増える、といった資料は見つかったものの……。たしかにダイコンの品種改良であれば、グルコシノレートを無くすといった話はあります)
また、グルコシノレートは熱に弱いらしく、茹でたら半減するですとか電子レンジにかけたらほとんど消失するですとか、そのような話もあります。しかしリクガメに与える場合は、ほとんどのケースが生食だと思います。
さらに、キャベツは良いけれど「芽キャベツ」はキャベツの3倍以上のグルコシノレートを含むので駄目だ!といった情報もありました。
このあたりは情報が錯綜していまして、何が正しくて何が間違っているのか判断の難しいところです。
キャベツを主食としないことが大切
今までの話をまとめますと「リクガメにキャベツを与えてはいけない」とする言説には、次のように反論が可能です。
- キャベツに含まれるグルコシノレートが甲状腺機能低下症を引き起こすのは、成体がヨウ素欠乏状態にあるときである
- 日本のリクガメは野菜や野草から必要十分量のヨウ素を摂取しているものと推定され、したがって甲状腺腫誘発物質の影響は受けづらい
- さらに、キャベツそのものに含有されるグルコシノレートは微量であり、給餌のメインメニューとしない限りは問題を生じ得ないものと思われる
とはいえども、日本やアメリカの多くの動物病院では「リクガメにキャベツを与えすぎるのは注意してください」と言っています。そもそもキャベツはカルシウムのバランスが宜しくなく、リクガメの主食としては不適です。
(というより、キャベツを主食とした場合にリクガメに与える健康上の影響は、甲状腺腫誘発物質によるものよりもカルシウム不足によるものの方がはるかに深刻度が大きいはずです)
キャベツを給餌のメインメニューとするのは避け、他の野菜や野草と組み合わせて、あくまでサブバリエーションのひとつとして加えると良いだろうと思います。
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